■TRT、新しい耳鳴り治療法について
滝野川病院 耳鼻咽喉科医師 青木佐知子

「このつらい耳鳴り、なんとかならないの!?」

 耳鼻科医になってから、なんどこの言葉をきいたことでしょう。
さまざまな耳の病気の後遺症として、慢性的な耳鳴りは患者さんを苦しめます。でも、一昔前までは、慢性期にはいった耳鳴り、あきらかに老人性難聴に伴うと思われる耳鳴りは、はっきり言ってもう治療の対象外だったのです。
 「テレビなど、ほかの音を聞いて耳鳴りの音に神経を集中させないでください」と指導したり、寝る前に静かなCDを枕元でかけてもらったり、睡眠剤とか、安定剤を処方したりしていました。また、以前のように耳鳴りがゼロになることを期待している患者さんには、心苦しいながら「耳鳴りはいったんはじまるとそれをゼロにすることはとても困難なのです」と本当のところを説明して過剰な期待をいだかないようにしていただいたりもしました。


耳鳴り治療の流れ
 従来から行われている耳鳴りの治療には、ステロイドなどの鼓室内注入、キシロカインの静注法、マスカー療法、循環改善剤、ビタミン剤、抗不安剤、抗うつ剤などの薬物療法があります。でもあまりはかばかしく効くのはなく、多くの患者さんは、何年もかけて、四苦八苦して順応を獲得していくという経過をたどるようでした。

TRT療法とはなんでしょう。

 TRT療法は、1980年後半にJastreboffによって提唱された耳鳴り治療法です。これは心理的カウンセリングにノイズを利用した音治療(sound therapy)を組み合わせたものです。耳鳴りを消失させるのではなく、順応(habituation)させることを目的としています。
 当滝野川病院でも平成19年4月からTRT療法をスタートすることになりました。TRTの有効性は8割前後といわれ、その高い有効性から欧米では急速に普及してきていますが、日本ではまだ限られた施設でしか行われていないのが現状です


TRT療法のやり方
 TRT療法は2つの柱からなっています。それらは、@カウンセリングによって耳鳴りへの理解を深め、不安を軽減すること、Aノイズジェネレーター(写真;サーというソフトな雑音を出す補聴器のような形の器具)を1日数時間装用することです。ノイズジェネレーターは自費で6万3千円かかります。診療のながれとしては、耳鳴りで悩むかたは、まず耳鼻科の一般外来を受診してもらい、適応をきめてから、TRT予約外来にいってもらいます。最終的には月に1回の再診を耳鳴りが気にならなくなるまで続けます。

TRTはなぜ有効なのでしょう。

 わたしたちは起きている間は音にかこまれて生きています。でも、わたしたちの頭はすべての音を同じように認識するのではなく、「無視していい音」と「注意しなくてはいけない音」、「危険な音」に無意識にわけています。
 「無視していい音」は、たとえば外を走る車の音、エアコンのファンの音、冷蔵庫のモーターの音などです。これらの音は脳の深いところで抑制されるので、あまり気になりません。
 「注意しなければいけない音」は、会話音、駅のアナウンス、レンジのタイマーの音とか、調理している焼肉のじゅうじゅういう音などです。これらは生活に必要なので、人は意識を集中して聞こうとします。
 「危険な音」は、たとえば、敵が近づいてくるときの足音、自分の子供が遠くで泣いている声などです。実際の耳鳴りの大きさはせいぜい5dBくらいで、ささやき声の30dBよりずっと小さいのですが、ひとたび「危険な音」として脳が認識してしまうと、ものすごく気になります。
 夜、となりから聞きなれないギーギーという音がきこえてくれば、たとえ、聞こえるか聞こえないかぎりぎりの小さい音でも人は不安になって耳をそばだててしまいます。もちろん、それが隣の子供が練習しているバイオリンの音だとわかれば、そのうち気にならなくなります。このように、脳は、「危険な音」を「無視していい音」に認識しなおすことができます。これはTRT療法のカウンセリングの根幹です。耳鳴りは順応すれば、最終的には電車や車の音のように、意識の下にはいって生活の支障にはならなくなります。

 しかし、すべての方がTRT療法の適応があるというわけではありません。
当然のことですが、TRTより前に中耳炎や突発性難聴など、耳鳴りを起こす原因がある場合にはその治療が優先されます。また、TRTはソフトな雑音を用いて、外界の音と耳鳴りとのコントラストを少なくして耳鳴りになれさせる治療ですので、TRTの音が聞こえないような高度の難聴者は対象になりません。また、認知症の患者さん、精神科領域の病気をおもちの患者さんには不向きと考えます。
 また、耳鳴りを完全に消してほしいとか求めているものが違うときも、TRTに失望するかもしれません。問診表など用意して、また患者さんに丁寧に問診をして、適応をあやまらないようにしていきたいと思っています。
 TRT療法により耳鳴りに悩む多くの患者さんのお役にたてればこれほど幸いなことはありません。




アパートの隣の部屋から毎晩ギーギーという不気味な物音が聞こえてきます。
何の音でしょう?
もしかしたらバラバラ殺人事件でも…?
不安で音が気になって寝られません。


でもその音は隣の子がバイオリンの練習をしている音だとわかりました。
すると…もう物音は気にならなくなりました。

以上の図はTRT療法のカウンセリングの原理をまんがにして示したものです。

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